では、私達は必ず楽譜を覚えこまなくてはいけないのでしょうか。また、
楽譜を覚えるために時間を割いて、譜面とにらめっこをしなくては
ならないのでしょうか。
そんなことをしなくてはならないのであれば、やる前から気が滅入って
しまいますが、幸いなことに、必ずしも楽譜のすべてを上に述べたように
無理矢理覚えこむ必要はありません。しかし、外してはいけない大事な
ポイントがいくつかあることも事実です。そこで、実際に奏者がなにを
するかを手がかりにして考えてみましょう。
まず、演奏の際に奏者はどこを見ているでしょうか。先にも少し述べたように
楽譜ももちろん見ますが、それ以外にも見るものがあります。指揮者は
その一番大きなものですが、他にも曲の場面によってはソリストや
自分のパートのトップに視線を走らせることもあります。また、自分が
音楽を届けるべき聴衆のいる客席に目を向けることもあるでしょう。
といっても、必ずすべてのものを均等に見ているわけではありません。
指揮者を見るのは、テンポ感が大事なところやテンポが変わるところ、
表情付けが難しいところ、曲のかなめとなるところが多くなります。
ソリストを見るのはソロを吹いている時ですし、パートの一体感が
欲しいところデパートのメンバーを見ることになるでしょう。ということは、
楽譜を見ることができないポイントは、いくつかに限られることになります。
そして意識したいのは、上に述べたような楽譜以外に意識が行きやすい 場面の多くは、曲の中で重要な意味を持っているポイントであることが多いのです。 曲の出だし、テンポの変わり目、ソロ、パートで統一感を持って音楽を創る場面、 いずれをとってもその曲の大事な場面と重なってきます。すると、大事な 部分ですから、個人でもパートでもセクションでも、そして合奏でも 他よりも多く練習することになってきます。
私達は、無理におぼえようとしなくても何度も繰り返すうちに
覚えてしまうことがよくあります。「門前の小僧習わぬ経を読む」はその
典型的な例ですが、大事だと思って何回も練習しているうちに、そのフレーズだけ
なんとなく覚えてしまうこともよくあります。楽譜がなくても自分のパートの
メロディが自然に思い出されたり、勝手に指の動きが意識されたりするのが
よい例です。
これには、動機付けがある事象は記憶に残りやすいということも影響している
といいます。小僧が経に興味を持っていたかはわかりませんが、私達は
これらのフレーズに興味を持つ、あるいは注意を払う、ということで無意識に
動機付けをしているとも言えるのです。
一方で私達は、普段は全く思い出さないのに、なにかのきっかけで
堰を切ったように次々と関連したことを思い出す、という事もよく経験します。
むかしの記憶に関連することが多いのですが、必ずしもそうは限らず、
昨日の自分の行動などにも当てはまることがあります。このことから、記憶が
ばらばらに保存されているのではなく、いくつかの内容が互いに関連付けされた
状態で保存されていることがわかります。
たとえば、まえに自分がやった曲を聴くことで、自分の担当したパートや
自分達の曲の表現の仕方、どこが難しかったか、どんな練習をしたか、
当日どんな演奏だったかなど、いろいろなことを思い出すことが多くあります。
これらのことを考えると、むやみに演奏会の曲をすべて暗譜する必要は ないことがわかってきます。
まず、絶対に覚えなければならないところは限られています。そのポイントと
なる部分を見つけ出すことが必要になります。すでに述べたように曲の中で
大事なポイントがまず挙げられますが、その他に技術的に難しいところ
(運指、ピッチなど)も入ってくるでしょう。
次に、その部分を繰り返し練習するようにします。たいていは無理に
意識しなくても自然と練習に時間を割く割合は多くなるでしょう。その時に
無意識に吹き流すのではなく、ここは大事な場面なんだ という意識を持ち
特に気持ちを集中することで、自然と記憶にとどまりやすくなります。
そして、単に楽譜だけでなく、音量などの指示、識者や自分達の考えた曲想、
表現、表情なども合わせて常に意識することが必要です。これらをひとまとめに
覚えてしまえば、楽譜を一瞬見ただけで、そのフレーズはもちろん、音楽的な
要素も同時に思い出せるようになるからです。
こうやって考えると、初めに挙げたプロ奏者が楽譜をあまり見ないのも
そう難しいことではないように思えてきます。曲の練習に多くの時間を費やし、
細かいパッセージのひとつひとつに常に神経を研ぎ澄まして接していれば、
いやでもおぼえてしまうのでしょう。そして、それを確実に思い起こすために
ときどき楽譜を見ることで思い出すきっかけを自分で作っているのです。
私達は、必ずしもそこまで曲の練習に時間をかけることはできません。でも、
この原理をうまく使って、大事なポイントだけでも楽譜以外のところに
注意を払えるようになれば、音楽もずっと深みの増したものになるのでは
ないでしょうか。