私たちは、f(フォルテ)やp(ピアノ)の記号を音量記号と呼んだりします。
そして、fを「大きく」、pを「小さく」と考えることが多いですし、
楽器を吹くときにも、たいていそのように音量に差をつけて演奏します。
しかし、楽典書をひもといてみると、fやpなどの記号は「強弱記号」として
紹介されていることがほとんどです。またその定義も「強く・弱く」であって
「大きく・小さく」ではありません。これはいったい何を意味するのでしょうか。
実は、直接音量そのものを指示する楽典記号はありません。音量の変化を 指示していると思われがちなクレッシェンドやデクレッシェンドも、その定義は 「だんだん強く・だんだん弱く」なのです。これらもあくまで強弱について 指示しているのであって、音量そのものについては触れていないのです。
では、なぜ私たちは本来なら強弱を示しているはずの記号を、音量記号のように 扱うようになったのでしょうか。その理由を考えるときに、強弱の表現方法を 分析してみると、あるひとつの仮説が浮かんできます。
ひとくちに「強い音」といっても、さまざまな音があります。音の輪郭が
はっきりしているとか、音に圧迫感があるとか、よく響いているといった具合に
何通りもの表現で表すことができます。弱い音にしても同じで、さまざまな弱さが
存在します。
そして、それらのいくつかに共通する現象として、音量の変化が挙げられます。
たとえば、音に圧迫感があるのは、音色がそういう印象を与えるだけでなく、
音量も大きくなって聴き手に圧力感を与えます。つまり、強い音を求めた
結果として音量が大きくなるのです。
この経過を逆に捉えて、音量を大きくすることで強い音を表現する、という風に
考えることもできます。それは間違ってはいないのですが、さらに拡大して
解釈すると、fは強い音とするために音量を大きくする、となり、さらに
真ん中が抜け落ちてf=大音量、となってしまいます。
本来なら、強い音を表現する手段は何通りもあるのに、そこまで追求せずに
音量の大小で強い弱いを表現してしまい、その結果として、強弱と音量が
混同されてしまったのではないでしょうか。
先に述べたように、強弱記号は必ずしも音量の大小とは一致しません。
音色の変化によって、fより(物理的な)音量の小さいpも充分実現できますし、
クレッシェンドを音の響かせ方の変化だけで表現することも可能です。
もちろん、音量変化を乗せることでその変化を際立たせることもできます。
fやpを音量だけにとらわれずに考えれば、より幅広い表現ができるはずです。
さらに、fやpはあくまでも相対的なものですから、全体がやわらかい音色で
演奏している中で、一人だけ刺々しい音を出せば、その音量が小さかったとしても
ある意味強い音として聴き手にきこえます。このような効果も上手に利用すれば、
ラジカセのつまみをひねっているような平面的な演奏から脱却できるのでは
ないでしょうか。