私たちにとって、チューニングは大事な作業の一つです。2本以上の楽器を合わせて演奏する場合、 チューニングをしなければピッチがずれて、うなりが聞こえてしまいます。これではせっかく 合奏しても、その良さが大きく損なわれてしまいます。
管楽器の場合、チューニングは管の抜きさしで行います。クラリネットの場合、楽器がバラバラに できる構造ですから、管の抜きさしは複数の箇所でできます。具体的には、マウスピースのすぐ下、 バレルの下、上管と下管の間、下管とベルの間です。このうち、多くの場合はバレルと上管の間の 部分をチューニングの使います。
ところで、人によっては「ほかのジョイント部分もうまく調節して、バランスよくピッチを 合わせなければならない」という事があります。一方で「バレルの下以外でチューニングするのは 邪道だ」と言う人もいます。そこで、バレルの下だけでチューニングした場合どうなるのか、 考えてみましょう。
ここで、仮想的なクラリネットを想定した実験をしてみます。
A=440Hz(440A)と、そのオクターブ上のA=880Hz(880A)の2音しかでないクラリネットを考えます。
トーンホールが1個だけで、塞ぐと440A、開くと880Aがでるものです。このとき、管の長さは
気温を25℃とすれば39.25cm、トーンホールを開くと管の長さは18.65cmとなります。
ここで、バレルの下を抜いてチューニングをした場合と同じ事を考えてみます。
880Aを10セント下げるように、管の長さを調節します。880Aを10セント下げると、その
周波数は875Hzになります。この周波数に合わせると、管の長さは18.75cmになります。
つまり、管を0.1cm伸ばせばよいことになります。
では、管を0.1cm伸ばした場合、440Aはどのように変化するでしょうか。トーンホールを塞いだ
ときの管の長さは、0.1cm延びて39.35cmです。このとき、周波数は438.8Hzになり、もとの440Aから
比べると4.73セント低い値になります。
これがなにを示しているかといえば、バレルの下を高い音に合わせて10セント分抜いても、
下の音は10セント分は下がらない、ということに他なりません。
これは、たとえば楽器を極端に伸ばし、880Aを1Hzにした状態を想定すると、880Aも440Aも
管の長さが175.5cmとなり、差がないように見えることとも合致します。もし、880Aより440Aの方が
下がり方が大きければ、二つの音が同じ高さになる、つまり880Aが440Aに追いつくことは
起こらないからです。
ちなみに、440Aを10セント下げると周波数は437.47Hz、管の長さは39.47cmで、0.22cm伸ばした 状態です。このとき、880Aの管は18.87cmとなり、周波数は869.12Hzになります。これは、もとの 880Aからみると21.54セントも低い音なのです。
このことから、なにが言えるでしょうか。一番大事なのは、ある音でピッチを合わせても、 すべての音が自動的にチューニングされるわけではないということです。この事実を 知らないで、一つの音を合わせただけでチューニングができていると思いこんでしまえば、 合奏した時に音が合わない理由がわからなくなります。
逆に、この事だけを論拠として、すべてのジョイント部分を使ってチューニングをする
必要がある、と言うのも無謀な気がします。もちろんその方が各音がより正確なピッチに
合うであろう事は容易に予想できますが、それでもジョイント部分の数が有限である以上、
すべての音をチューニングで完璧にあわし込むことは不可能です。
とりあえず我々にとっては、チューニングの原理から考えて、このような限界があることを
知っておく、という事が一番大事なのではないかと思います。