クラリネットを吹くとき、アンブシュアを大きく変えることはあまり好まれません。 その理由いろいろありますが、やはりアンブシュアが変化することが安定した音を出すことを 阻害しているからでしょう。そのことは裏を返せば、アンブシュアが微妙に変化するだけで、 ピッチや音色が大きく変わってしまうということでもあります。
では、大きな音を出すときと小さな音を出すときでは、何か違いがあるのでしょうか。
もちろん本当なら何の変化もないようにするのが理想ですが、実際には無意識のうちに
少し変わってしまいます。それは、大きな音を出す、すなわち息のスピードや量が多くなるに従って、
口の周りが緩くなる、ということです。これはある意味仕方がない面があります。
大きな声で話すことと、ひそひそ声で話すことを想像してもらえれば、ある程度
納得できるのではないでしょうか。
少ない息をコントロールするときは、ちょっとした違いが大きく現れるので、関係する部分は
極度の緊張状態になります。逆に息の量が多いときは、多少のズレが表に現れにくい上に、
へたに緊張状態になると息の流れを阻害して、本来の目的(大きな声や音を出すこと)を
果たせなくなってしまうのです。そういうコントロールのノウハウが、自然と身についていたとしても、
何ら不思議なことはありません。
では次に、アンブシュアが緩むとどういう影響がでるのでしょうか。経験的には、 アンブシュアが緩むとピッチが下がり、逆にきつく締めるとピッチがあがる、ということが いえるのですが、その原理はどうなっているのでしょうか。
ここでもう一度、クラリネットの発音原理を思い出してみましょう。
息による力と、リードの元に戻る力(反発力)によって振動するのでしたね。
さて、リードが自然な状態で振動するとき、その周期はでたらめに決まるのではありません。
リードに限らず、たいていの個体は、ある特有の周波数で振動しやすくなっています。たとえば、
10円玉を固い地面に落とすと、何度やっても同じ様な音がします。これは、10円玉に特有の
周波数だけが、生き残り、ほかの周波数の音はすぐに消えてしまうからです。この周波数のことを
固有周波数といいます。もちろん、リードもある固有の周波数を持っています。
リードの持つ固有周波数は、音楽の固有周波数とは直接関係ありません。というのも、
クラリネットの音が鳴っている状態では、リードに十分エネルギーが供給されているので
固有振動数以外の周波数であっても消えずに持続できるのです。
ところで、アンブシュアをゆるめると、この固有振動数が下がります。この原理は ギターやバイオリンの弦をゆるめるとピッチが下がるのと、基本的には一緒です。 このことが、リードの振動状態をピッチが下がる方向に作用するようです。詳しい理論解析は 現在行っているところですが、息の流れとの相互作用もあって現在のところまだ 完成していません。もうしばらくお待ち下さい。
アンブシュアが無意識のうちに微妙な変化をしてしまうということは、上でも少し述べましたが、
それを知っているかどうかで、演奏の結果には大きな差がでます。
人間には、フィードバックというシステムが随所に組み込まれています。たとえば、
縫い針に糸を通すことを考えます。私たちは、目で得た情報を元に手を動かし、それを目で確認して
さらに手を動かすという動作を繰り返すことで、針の小さい穴に糸を通すのです。
ただ、それをわざわざ意識しないでも実行できてしまうのが、人間のすごいところです。
この「前の動作の結果を次の動作に反映させる」ことがフィードバックです。
同じことが、クラリネットの演奏でもいえます。ただ、フィードバックが成立するためには、
どの情報が必要なのかを性格に判断する必要があります。音量によってピッチが変化する、
ということを知っていればこのフィードバックはうまく働き得ますが、知らなければ、
せっかく耳で聞いた音も、ピッチを正確に保つことには何ら寄与しないのです。
いっぽうで、あまり意識しすぎると逆の結果を及ぼすこともあります。意識しすぎると
フィードバックが強くなりすぎて余計な現象を引き起こします。さっきの針と糸の例では、
緊張しすぎて糸が震えるのがそれに当たります。そういう事態を避けるためにも、
普段から少しずつ気にするという習慣を持つことが必要でしょう。
なお、音楽のジャンルによっては、あるいは曲によってはこれらの現象をうまく使って 演奏上の効果を高めることがあります。「ラプソディー・イン・ブルー」のクラリネットソロなどが 有名です。ただし、基本的には同じピッチを維持するのが音楽の原則ですから、 その点はお忘れなく。他がきっちり同じピッチを保ててはじめて演奏上の効果が あらわれるのですから。